プラトニックな悲嘆



ああ! なぜわたしはあの人を月に見られぬように隠しておいてやらなかったのだろう? どこかの洞穴の中にでも隠しておいてやったら、月はあの人を見なかったろうに。

ワイルド『サロメ』より

ヨカナーンへの欲望を募らせてゆくサロメを見て絶望したシリア人ナラボは自ら命を絶ちます。
ヘロディアスの小姓は彼の死を嘆き悲しみますが、
サロメはナラボの死に心動かすことなく、
ただひたすらにヨカナーンの口に接吻することだけを求めています。

小姓にとってナラボは「兄弟よりも親しい」存在で、
ナラボは小姓から贈られた瑪瑙の指環をいつもはめていました。
「プラトニックな」とあるように
この二人の間には深い関係はなかったと思われますが、
ナラボがサロメだけを見つめていることを苦々しく思っていたように
小姓は明らかにナラボに対して恋情を抱いていたことが読み取れます。

ナラボはサロメに恋心を抱いていましたが、
彼が好んでいたものがもう一つ小姓の言葉で明かされています。
それは「川の水に映る自分の姿を見る」ことです。
小姓はそれを咎めていますが、彼はそのことをどうやらやめなかったようです。

ナラボが恋した「サロメ」は生身の女性ではなく
彼が理想化した
「鳩のような」「白薔薇のような」幻影だったのではないかと思います。
その「理想の女性」が生身の男に恋し欲望を募らせてゆく姿を見るのは
彼にとって耐えられないことだったのでしょう。

水面に映る自らの姿と月に映る幻の王女を愛したナラボは
「人間」を愛することの出来ない人だったのかもしれません



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