孔雀の裳裾



あの方は途に迷った鳩のようだ。………あの方は風に震えている水仙のようだ。………あの方は銀の花に似ている。

ワイルド『サロメ』より

饗宴の席を抜け出したサロメは地下牢から響いてくる声に興味を抱き、
若いシリア人の親衛隊長ナラボに手引きをするよう持ちかけます。

ビアズリー描く盛装のサロメは
孔雀の羽をモチーフにした豪華な衣裳を身につけています。
孔雀は華麗で異国的な趣が世紀末の芸術家に好まれ、
当時の絵画やデザインに数多く登場します。
ビアズリーはホイッスラーの手がけた『孔雀の間』に感銘を受け、
自作に孔雀のモチーフを取り入れたといわれています。
『孔雀の裳裾』は『サロメ』連作中でも一際華やかな一点で、
アール・ヌーヴォーの曲線とジャポニスムの影響が
独特の装飾美を醸し出しています。

ナラボはサロメに思いを寄せており、彼女を「鳩」「水仙」「銀の花」にたとえてます。
鳩は神話の世界では「愛」を象徴する神聖な鳥とされ、
キリスト教においては「聖霊」の象徴とされています。
そしてヴィクトリア朝の文学では
清純な乙女がしばしば「小鳩」にたとえられています。
一方孔雀は豪奢な美しさが「悪徳」や「驕慢」といった象徴性と結び付けられ、
世紀末象徴主義者たちに愛好されました。
ナラボは美しい乙女サロメを「鳩」のようだと述べていますが、
ビアズリーはサロメの内なる魔性を
「孔雀」の形をとって描き出したのだと思います。



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