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ギュスターヴ・モロー展 1995年5月23日~7月9日 京都国立近代美術館 ![]() この展覧会は1964年以来30年ぶりに日本で開催されたモロー展でした。 95年の展覧会は30年の間に大きく進んだモローについての研究動向を元に、 作品のなかでの主題とイメージのかかわりを軸とした複数のセクションで構成されていました。 ![]() 展示構成 1.初期作品 ソドマ「アレクサンドロス大王とロクサネの結婚」カルパッチョ「聖ウルスラ伝」の模写、ローマで描いた風景画など イタリア滞在中の作品のほか 岐阜県美術館所蔵の「ピエタ」などが展示されていました。 1846年20歳で国立美術学校(エコール・デ・ボザール)に入学し、ローマ賞のコンクールに2度挑戦しますが、 賞を受けることはできませんでした。 1849年に国立美術学校を去りますが、このころから新古典主義とロマン主義の融合した画風を確立しつつあった テオドール・シャセリオーと親しく接するようになってゆきます。 1852年モローは今は消失した「ピエタ」でサロンに初入選を果たします。 その後53年、55年のサロンにも入選していますが、それらの作品はシャセリオーの影響の大きいものでした。 1856年シャセリオーが37歳の若さで亡くなり、モローは自分の進むべき方向を模索し始めます。 1857年10月から1859年9月までの約2年間モローはイタリアに滞在します。 彼はイタリア各地を回って古代やルネサンス期の美術を模写し、また当時イタリアに滞在していた エリー・ドローネー、ドガ等の画家たちと交流しています。 この時期に行った模写は彼のイメージの源泉として生涯大きく役立つこととなりました。 2.神話的インスピレーション モロー初期の大作「オイディプスとスフィンクス」関連の水彩画や素描、水彩による「スフィンクス」 「オイディプス―」と並ぶ初期の大作「イアソン」および関連素描、ヘラクレスの物語を描いた水彩や素描 レダと白鳥、ムーサ(ミューズ)を描いた作品などが展示されていました。 モローはイタリアから帰国後神話画を中心に制作しました。 1864年のサロンに出品されて高い評価を得た「オイディプスとスフィンクス」をはじめ 65年の「イアソン」66年の「オルフェウス」69年の「ユピテルとエウロパ」(2005年モロー展に出展)のように 1860年代のモローの画業はサロン出品を考慮した大型の神話画を中心としたものでした。 彼の描く神話画はもとの神話の単なる絵解きではなく、また当時一般的だった官能的な裸婦を描く口実でもなく 特定の神話の場面に仮託して理性と肉体、精神と物質、男性と女性、聖性と俗性といった 様々な二元的対立を持つ人間存在を描き出そうとするものでした。 そのために彼は様々な象徴を画面の中に描きこみました。 この傾向は後年になるほど強くなり、やがて女性と詩人を軸とする独自の図像を形成することとなります。 3.キリスト教的インスピレーション 大原美術館所蔵の「雅歌」や「デリラ」「スザンナ」「ヤコブと天使」といった旧約聖書を題材にした作品と 「オリーヴ園のキリスト」「ピエタ」(国立西洋美術館)などの新約聖書に由来する作品 聖セバスティアヌスをはじめとする聖人を題材にした作品が展示されていました。 モローは「自分の目に見えないもの、感じ取られるものだけを信じる」と語り、ほかにも「神」について語っていますが、 そうした言葉から窺われるのは人間を超えた精神的な存在への信頼です。 1840年代のフランスは革命によって荒廃したカトリック聖堂を復興させようとしていた時期で、 大画面の宗教画が多く描かれました。 しかし、こうした宗教画はモローの資質に合わなかったためか、イタリアから帰国後のモローはもっぱら神話画を描きます。 モローが集中的に宗教画を描き始めるのは1870年前後です。 1870年の普仏戦争やその後のパリ・コミューンによってフランスは悲惨な社会状況に陥ります。 モローは「敗北のフランス」という普仏戦争に敗れたフランスをテーマにした作品を構想しています。 この時期彼は死せるキリストや、洗礼者ヨハネの斬首、聖セバスティアヌスといった 聖なるものの死、理想のための犠牲、敗者への憐憫をテーマとした宗教画を手がけています。 やがてこういった宗教画から「サロメ」の図像を展開することとなります。
4.女性のイメージ 水彩による「ヘロデ王の前で踊るサロメ」と関連の素描・習作、「踊るサロメ(刺青のサロメ)」、「牢獄のサロメ」 セイレーン、キマイラを取り上げた作品、 「岩の上の女神」(横浜美術館)「化粧」(ブリヂストン美術館)などが展示されていました。 モローの描く「女性」のイメージを一言でいうなら「宿命の女(famme fatale)」といえます。 彼が描いた聖書や神話に登場する女性を大きく3つに分けると (1)死へ導く者としての、支配する女性たち 男性にとって魅惑的であると同時にその運命を握っている、典型的な「宿命の女」です。 (2)男性から「見られる」女性たち 彼女たちはしばしば閉鎖的な空間に閉じ込められ、一方的に見る側の視線にさらされています。 (3)誘惑される女性たち 肉体や物質を象徴する怪物によって悪や破滅に導かれます。 モローが作り上げた女性イメージの集大成ともいえるサロメは 宮殿という密室で踊り義父ヘロデ王に見られる存在であると同時に、洗礼者ヨハネに死をもたらす存在でもあります。 5.詩人のイメージ 「ヘシオドスとムーサたち」と関連の素描・習作、「サッフォーの死」をはじめとしたサッフォーを描いた作品、 「エウリュディケの墓の前のオルフェウス」などで構成されていました。 モローは生涯に多くの詩人を描きました。 初めはヘシオドス、オルフェウス、サッフォーといった詩人を描いていましたが、 次第に特定の詩人ではなく、一般概念としての「詩人」を描くようになりました。 その「詩人」には「芸術家」だけではなく「神と人間の仲介者」という役割が投影されていました。 詩神ムーサから神の息吹を授けられたヘシオドスのイメージから、 翼あるものより神の声としてのインスピレーションを授かる詩人のイメージが形成されました。 多くの作品で神との仲介者である詩人は中性的・両性具有的な姿で描かれていますが、 このことは詩人が現世には属さない精神的な存在であることを示しています。 6.諸神混淆のヴィジョン 「人類の生」(第2作)「ユピテルとセメレ」関連の水彩・素描 遺作となった「死せる竪琴」関連の習作・素描といったモロー晩年の集大成的な作品が展示されていました。 晩年モローは神話から得た題材とキリスト教による理念を結合しようとする傾向を強めました。 彼は神話的題材をキリスト教的な形式によって表現することにより、 神話の豊かな内容に宗教画の持つ造形的な力を与えようとしました。 この取り組みは最終的には「ユピテルとセメレ」のように 神秘の顕現を主題とする壮大なヴィジョンを生み出すこととなりました。 ![]() 主な作品 ピエタ 岐阜県美術館 モローの初期の作品で、暗い画面の中に死せるキリストと遺骸を抱き起こす聖母マリアが描かれています。 暗く静けさに満ちた画面は神秘性と聖性をより深いものにしています。 スフィンクス クレメンス=ゼルス美術館 勝利のスフィンクスと犠牲者たちを描いた作品です。 スフィンクスは美しい女性の顔で描かれ、犠牲者たちの血を滋養とする“famme fatale”であることがわかります。 イアソン オルセー美術館 ギリシア神話に登場する英雄イアソンと王女メディアを描いた大作です。 メディアは魔女であり、その魔力でイアソンを助け彼と結ばれますが、悲劇的な結末を迎えます。 この作品では英雄のイアソンよりもメディアの方が上位に立っているように描かれ、 メディアの“famme fatale”としての要素が強く描き出されているように見えます。 雅歌 大原美術館 旧約聖書「雅歌」では美しい女性や愛が詠われています。 この水彩画は特定の雅歌の詩を描いたものではなく、 雅歌の優美な世界を東洋風の装飾モティーフを用いて表現しようとしたものと考えられています。 聖セバスティアヌス クレメンス=ゼルス美術館 3世紀のローマ皇帝の親衛隊士官セバスティアヌスはキリスト教徒であることが発覚し、処刑のため矢を射掛けられますが、 死には至らず聖女たちに手当てを受けました。この作品は聖女たちに介抱される聖人を描いています。 モローは幾度もセバスティアヌスの姿を描いています。 モローのサロメについてはこちらをご覧ください。 サッフォーの死 サン=ロー美術館 サッフォーは失恋したために岸壁から海に身を踊らせて死んだという伝説があります。 夕闇に染まる神秘的な光景の中、天からの使者か魂の象徴といえるような白い鳥が 竪琴を抱いて眠るように死んでいるサッフォーの頭上にいるのが印象的です。 夕べと苦しみ エフリュッシ・ド・ロチルド美術館 ポール・ブールジェの詩「夕べと苦しみ」に想を得た作品で、 額の裏にはブールジェ自ら詩を書き記した紙片が貼り付けられています。 赤い衣装の有翼の男性「夕べ」と青い服をまとった女性「苦しみ」はそれぞれ「夕暮れ」と「憂鬱」を象徴しています。 画面左上に弦月が覗いていますが、これは夜の訪れを表し、やがて「苦しみ」がひとり取り残されることを示しています。 ブールジェの詩はこちらで紹介しています。 夕べ クレメンス=ゼルス美術館 弦月のかかる夕暮れの中、竪琴を弾く詩人の姿が描かれています。 この詩人には光輪が与えられていますが、これは聖性を表し、人間と聖なるものとの仲介者であることを示しています。 オルフェウスについてはこちらをご覧ください。 |