グイド・レーニ 『聖セバスティアヌスの殉教』 1615-16頃
146×113cm ジェノヴァ パラッツォ・ロッソ

その絵を見た刹那、私の全存在は、或る異教的な歓喜に押しゆるがされた。私の血液は奔騰し、私の器官は憤怒の色をたたえた。
三島由紀夫 『仮面の告白』より

上の絵は『仮面の告白』の主人公が魅惑され、その虜となってしまったセバスティアヌス像です。

2本の矢が彼の体に刺さってはいますが、
天を仰ぐ穏やかな表情や薔薇色の頬からは苦痛に耐えるという姿を見出すことは困難です。
少年の初々しさと青年の凛々しさを併せ持つこのセバスティアヌスからはどこか危うい魅力が漂っています。
オスカー・ワイルドはこの作品をかつて見た絵の中で最も美しい作品だと述べています。

17世紀イタリア・バロックの画家グイド・レーニは優美な女性像を数多く描いていますが、
彼はまたセバスティアヌス像も幾度となく描いています。




グイド・レーニ 『聖セバスティアヌスの殉教』 1615-16頃
128×99cm ローマ カピトリーノ美術館

上の作品のヴァリアントですが、こちらに描かれたセバスティアヌスはやや幼い印象を受けます。
豊かな巻毛が愛らしい美少年といった雰囲気を強調しているようです。
聖人が涙を浮かべ天を見上げて恍惚とした表情の図像を流行させたのはレーニと言われています。
レーニは殉教の愉悦をこのように官能的ともいえる表現で描きました。
このような優美な殉教者像は当時大いに人気を博し、何点も画家自身によるレプリカが描かれています。




グイド・レーニ 『聖セバスティアヌスの殉教』 1620−30頃
170×133cm プラド美術館

レーニはこのポーズのセバスティアヌス像を何点も描いています。
暗い風景から浮かび上がる後手に縛られた裸身は実に官能的です。


ルネサンス後期のソドマによって聖性と官能性を併せ持つセバスティアヌス像が完成されたといえますが、
レーニのセバスティアヌスは更に倒錯的な魅力を持つに至ったといえるでしょう。
レーニ自身は非常に信心深い人物で、これらの画像を篤い信仰心から描いたのですが、
彼の描くセバスティアヌスの持つホモエロティックな魅力は後世の同性愛的傾向を持つ芸術家に大きな影響を与えました。


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