17    燕の歌
更新日時:
2005/08/26
弥生ついたち、はつ燕、
海のあなたの静けき国の
便(たより)もてきぬ、うれしき文を。
春のはつ花、にほひを尋(と)むる
あゝ、よろこびのつばくらめ。
黒と白の染分縞は
春の心の舞姿
 
弥生来にけり、如月は
風もろともに、けふ去りぬ。
栗鼠(りす)の毛衣脱ぎすてて、
綾子(りんず)羽ぶたへ今様に、
春の川瀬をかちわたり、
しなだるゝ枝の森わけて、
舞ひつ、歌ひつ、足速の
恋慕の人ぞむれ遊ぶ。
岡に摘む花、菫ぐさ、
草は香りぬ、君ゆゑに、
素足の「春」の君ゆゑに。
 
けふは野山も新妻の姿に通ひ、
わだつみの波は輝く阿古屋球。
あれ、藪陰の黒鶫(くろつぐみ)
あれ、なか空に揚雲雀。
つれなき風は吹きすぎて、
あゝ、南国のぬれつばめ、
尾羽は矢羽根よ、鳴く音は弦(つる)を
「春」のひくおと、「春」の手の。
 
あゝ、よろこびの美鳥(うまどり)よ、
黒と白の水干に、
舞の足どり教へよと、
しばし招がむ、つばくらめ。
たぐひもあらぬ麗人の
イソルダ姫の物語、
飾り画ける(えがける)この殿に
しばしはあれよ、つばくらめ。
かづけの花環こゝにあり、
ひとやにはあらぬ花籠を
給ふあえかの姫君は、
フランチェスカの前ならで、
まことは「春」のめがみ大神。
 
ガブリエーレ・ダヌンツィオ“Francesca da Rimini”より
上田 敏 訳
 
ロセッティ パオロとフランチェスカ
1855 25.4×44.9cm テイト・ギャラリー



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