生命の天使




ジョヴァンニ・セガンティーニ 生命の天使
1894-95頃 59.5×48.5cm
ブダペスト国立美術館

「生命の天使」との出会いは
1994年に愛媛県立美術館で開催された「19世紀ヨーロッパ・ハンガリー絵画展」です。
この展覧会には特別見たい作品や関心のある内容の展示があって出かけたのではなく、
所用があって松山へ行っていたときに開催されていたので、立ち寄ったというものでした。

黄昏時を思わせる空模様、夕映えを受けた湖面
天使の穏やかで慈愛に満ちた表情
一目見ただけで釘付けになってしまいました。

私はそれまで図版でもこの作品を見たことがなかったので
余計に強烈な印象を受けたようです。



ジョヴァンニ・セガンティーニ 生命の天使
1894 276×212cm
ミラノ 近代美術館

ブダペストの「生命の天使」は、現在ミラノの近代美術館にある「生命の天使」の第2案です。
ミラノの作品はある銀行家が自分の別荘を飾るために注文したものですが、
ブダペストの作品がいかなる事情で制作されたかは明らかではありません。
ミラノ版では天使に抱かれた幼子が目を閉じており
ブダペスト版では幼子は目を開けています。
そのほかの構図にはほとんど違いはなく、
どちらも大変美しい作品なのですが、
この二つからはずいぶん異なった印象を受けます。

枯れ枝に座る幼子を抱く天使というのは同じで
どちらの天使もやさしく穏やかな表情を浮かべているのですが、
周りの風景の雰囲気がかなり違うように思えます。
ブダペスト版が森の中に開けた湖のほとりといった感じなのに対し、
ミラノ版は草原の中にある立ち枯れた木に、天使が降り立ったように見えます。

そしてなにより異なった印象を醸し出しているのが画面全体の色調です。
セガンティーニは白昼夢のような幻想を描き出すことに巧みで
ミラノ版は白を基調とし、まさに「真昼の幻」といった感じなのですが、
ブダペスト版は黄昏―これから夜を迎え、眠りにつくといった感じがします。

私は初めて「生命の天使」を見て以来
この静寂に満ちた神秘的な幻想世界に魅せられてやみません。