第10回 華宵の部屋 「華宵の人魚姫」
 
 
 

この時の展示は華宵の描いた人魚作品だけではなく、
蕗谷虹児による『人魚姫』の挿絵や
日本古来の人魚やヨーロッパ中世の人魚、世紀末の人魚の絵画作品や
大正から昭和初期の雑誌表紙や挿絵などのパネル展示もありました。

大正時代から昭和初期にかけて「人魚」という題材は
世紀末ヨーロッパにおける「ファム・ファタル」としての性質と
古来日本に伝えられている不老不死ゆえの「永遠性」と悲劇的要素が結びつき、
更にアンデルセン『人魚姫』の持つ悲恋の乙女の要素も加わって、
唯美主義の嗜好があった芸術家たちにとって格好の題材となりました。
1917年(大正6年)に発表された『人魚の嘆き』(谷崎潤一郎)は
人魚の官能美と人間の貴公子に抱く報われぬ思いを美しく描き出しています。
水島爾保布による挿絵(パネル展示がありました)は、
アール・ヌーヴォーの影響を受けたもので、
人魚の妖艶な美しさを如何なく表現しています。

華宵の描いた人魚もそれらの系譜に連なる流麗な美しさを持つ存在です。
展覧会のポスターに用いられていた作品の
波に揺らめく髪と水に身をゆだねる姿の美しさには実に心惹かれます。

蕗谷虹児『人魚姫』の挿絵は昭和30年代になってから制作されたものです。
子供向けの作品だけに淡い色調で描かれた人魚姫は実に可憐で愛らしく
純真無垢な乙女そのものです。

しかし人魚姫はあらゆる犠牲を払っても愛を成就させようと望み、
結局愛に殉じて命を落とすという「愛に生き愛に死ぬ女」といえます。
人魚姫の年齢設定は15歳となっていますが、
ジュリエットも14歳のときにロミオと恋におちたように
むしろ大人の女よりも愛に対して純粋で一途であるのかもしれません。

 
 


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