ファツィオの恋人
 
 
 


ロセッティ ファツィオの恋人(オーレリア)
1863 テイト・ブリテン


私はその波打つ黄金の髪を見る
愛(アモール)は私の心を虜にしようとその髪で網を編み上げる

ファツィオ・デリ・ウベルティ



14世紀イタリアの詩人ファツィオ・デリ・ウベルティによる
恋人のつれなさを嘆く詩を元に描かれた作品です。

ロセッティは褐色系の色彩で統一され、
人物の衣裳と肌の白がアクセントとなったこの作品を
「専ら色彩の作品」と呼び、
後年は『オーレリア(黄金の髪)』の題名で呼ぶことを好みました。

彼女は美しい髪の毛の手入れに余念がありませんが、
この髪は男の心を捕らえる武器なのです。
彼女の背後の壁には「威力」を象徴するアイリスの意匠が描かれ、
手前のブラシは彼女の虜となった男の「魂」を象徴する鳥のモティーフで飾られています。

キリスト教社会では女性の長い髪は罪の象徴とされ、
20世紀初頭までは女性は人前では髪を結うか
帽子やベールで髪を隠すかしなければなりませんでした。
女性が髪を解くのは寝室の中だけであり、
従って絵画作品に描かれた女性の長い髪は
それだけで高い官能性を放ったのです。

ロセッティは緩やかにたらした女性の長い髪に魅せられ、
『ファツィオの恋人』以降『レディ・リリス』など一連の「髪を梳く女」を描いています。

モデルはロセッティの愛人でもあったファニー・コーンフォースです。
肉感的な美人であった彼女との出会いがきっかけで
ロセッティの画風はヴェネツィア派風の官能的なものに変わっていきます。
この絵が描かれてから10年後ロセッティはファニーに宛てた手紙に
「僕が今まで描いたなかで一番可愛い象そっくりだ」と綴っています。
ファニーは中年になってからすっかり太ってしまい、
ロセッティに「可愛い象さん」とあだ名されるようになります。

この絵のなかのファニーがしているように
洗った髪が濡れているうちに三つ編みにしておくと、
髪が乾いたときに自然にウェーブができます。
ラファエル前派絵画に登場する豊かな髪の美女たちも
どうやらこのようにして髪のウェーブを作っていたようです。