この作品はボッティチェリの晩年の代表作で、 彼の全盛期の作品「春(プリマヴェーラ)」や「ヴィーナスの誕生」などと比較すると 明らかに画風が変化していることがわかります。 全盛期の瑞々しく流麗な描写に対し、緊張感のある硬質なタッチに変化しています。 天上を天使たちがオリーブの枝を手に輪になって舞っていますが、 救世主の降誕を寿ぐといった雰囲気には程遠い感じです。 彼らの表情も「マニニフィカトの聖母」や「柘榴の聖母」に描かれた天使たちのように生き生きとしたものではありません。 オリーブの枝に巻きつけられたリボンには 「人類には平和」「いと高きところには栄光、神にあれ」という平和のメッセージが刻まれています。 オリーブの枝は人間が原罪から救済され、神と和解したことを表します。 神との和解を象徴するのが天使と人間の抱擁です。 しかしこの図で見ると祝福という雰囲気とはやや異質な印象を受けます。 前景には三組の天使と人間が描かれているのですが、 その傍にはあたふたと走り去っていく悪魔が描かれています。 これは悪魔による地上の支配が終了したことを示しています。 ボッティチェリは「神秘の降誕」画面上端の銘文に 「イタリアの苦難の時代、つまり、ヨハネの黙示録第11章2節の悪魔が3年半のあいだ野放しにされる苦難の時代に描いた。そののち我々は、悪魔が再び拘束されるのを目にすることになろう」と記しています。 この時代フランス軍のイタリア侵入やメディチ家の失脚などフィレンツェの政情は不安定でした。 そういった不安から、救済を求めて「神秘の降誕」のような作品が描かれたのかもしれません。 私がこの作品を初めて知ったのは、大学の西洋美術史の講義でした。 それまでに知っていたボッティチェリの作品とは全く異質で まさに「神秘」的なこの作品に興味を持ちました。 |