夕べと苦しみ
 
 
 

『夕べと苦しみ』はポール・ブールジェによる同名の詩を題材にしたもので、
この作品の額裏にブールジェ自身の手で詩が書き記されています。

詩は擬人化された「夕べ」と「苦しみ」のつかの間の逢瀬を描いています。
「夕べ:le Soir」は男性、「苦しみ:la Douleur」は女性として表されますが、
これはフランス語の男性名詞・女性名詞の別に従ったものです。

モローの絵画では翼をつけた青年の姿の「夕べ」が
美しい金髪の乙女の姿をした「苦しみ」を優しく抱き寄せています。
しかし月の昇った黄昏の空や、飛び去ろうとする水鳥は
やがて「夕べ」が去り、「苦しみ」は一人夜の闇に取り残されることを暗示しています。


モロー 夕べと苦しみ 1870頃


モローによるもう一つの『夕べと苦しみ』です。
前作が森の中であったのに対し、
広々とした湖のほとりに佇む恋人たちが描かれています。
翼をつけ微笑みを浮かべるのが「夕べ」で
竪琴を持つ詩人が「苦しみ」のようですが、
この作品ではむしろ「夕べ」のほうが女性的であり、
両者は性別不詳の両性具有的な存在として表現されています。

モローの描く黄昏の光景の美しさに心惹かれて止みません。
「逢魔ヶ時」と呼ばれる瞬間を具現化したものが『夕べと苦しみ』のように思えます。