フェルディナント・ホードラー 選ばれし者 1893-94 219×296cm ベルン美術館 19世紀末スイスの画家ホードラーの代表作です。 ホードラーは世紀末芸術の中心から離れたスイスに暮らしながら、 「パラレリズム」という独自の理論による象徴的・装飾的作品を生み出しました。 ホードラーはベルンに生まれますが、幼くして両親を失い、 その後相次いで兄弟姉妹も亡くし、32歳で天涯孤独となりました。 はじめ写実的な風景画を描いていた彼は、 相次ぐ肉親の死と貧困の中、生きる力を求めて次第に神秘的なものに傾倒していきます。 ホードラーのパラレリズムの理論は 「平面的かつ没個性的な背景の前に堅実なデッサンと肉付けを施された複数の人体を置き、しかもこれらの人体において相似た形態と腺と色彩とを平行反復させる。」 というものです。 『選ばれし者』もその理論に基づいて製作されています。 6人の天使は個性を排除したほぼ同様の姿で反復的に描かれています。 このことは画面の装飾性を強調するのみならず、 厳粛な雰囲気を表現する効果をあげています。 天使の衣裳はホードラー自身が「『優しさ』をイメージさせる」と表現した青に塗られています。 彼は青を「静寂」や「希望」など穏やかなテーマの作品に好んで用いました。 6人の天使の作り出す「縦のパラレル」は「生命と死」を象徴するともいわれています。 一方背景の山の稜線や大地を覆う緑が作り出す「横のパラレル」は 「穏やかさ」や「安らぎ」を表しています。 背景は彼が生まれ育ったスイスの風景といわれています。 スイスの自然は生涯を通して彼の芸術の源となりました。 中央、十字架を象徴するともいわれる枯れ木に祈りを捧げる少年は彼の息子がモデルです。 そこへは子どもの無事な成長を祈る父としての思いが託されています。 『選ばれし者』はこの祈りを捧げる少年を指していますが、 それと同時に家族の中で唯一生き残ったホードラー自身をも表しています。 この作品で独自の芸術を確立した彼は65歳で亡くなるまで 自然とそこに潜む神秘を描き続けました。 常に「死」を意識しながら生き続けた彼が 「生」への祈りをこめて描き出したのが『選ばれし者』だったのです。 |