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画家オーブリー・ビアズリーと作家ヘンリー・ハーランドによって発行された雑誌。

1894年4月15日に創刊号が発刊された。

創刊号は5000部発行されたが、発売5日にして売り切れ増刷された。

季刊雑誌といっても厚い表紙をつけた単行本スタイルであった。

 

「イエロー・ブック」は「際立った芸術家による挿絵」を持った

「現代イギリスの最も熟した文学を代表するもの」を目指していた。

雑誌タイトルを思いついたのはビアズリーで、

ハーランドとの会話の中に「ロンドンの霧という霧の中で最も黄色い霧」という言葉が出ている。

「黄色い霧」を古いロンドンの象徴とし、自分たちの雑誌を新しいロンドンの象徴と考えたと思われる。

 

1895年オスカー・ワイルドが同性愛事件で逮捕され、そのとき「黄色い本」を持っていたことから

「イエロー・ブック」も攻撃され、ビアズリーはこの雑誌を追われる。

ビアズリーは「サヴォイ」を創刊し、新たな作品発表の場とする。


 

 

ジョリス・カルル・ユイスマンス作の小説。1884年出版

19世紀末のブルジョワ民主主義と科学万能主義とを軽蔑し、日常的な現実を拒否し、

みずからの感覚と趣味とを洗練させて、この世ならぬ人工的な夢幻の境地に逃避しようとする

貴族デ・ゼッサントを主人公とする。

「さかしま」は「デカダンスの聖書」「象徴派の宝典」と呼ばれ、

世紀末の芸術家たちに大きな影響を与え、主人公デ・ゼッサントはデカダン派の理想イメージとされた。

本文中にはモロー「ヘロデ王の前で踊るサロメ」 「出現」といった絵画作品や

ボードレール、マラルメなどの文学作品が数多く登場する。


 
「ザ・サヴォイ」 

作成中

 

 

新約聖書の洗礼者ヨハネ伝に登場するユダヤの王女。

ヘロデ王の妃ヘロディアの連れ子であり、聖書にはその名は記されていない。

「サロメ」という名はヨセフス「ユダヤ古代史」の一節の「ヘロディアの娘サロメ」と言う記述による。

福音書においてはヘロデ王の宴で舞を舞い、その褒美に母に言い含められ洗礼者ヨハネの首を求めたという

洗礼者ヨハネ伝の一登場人物に過ぎない。

 

サロメの図像表現は「ヘロデの饗宴で踊るサロメ」を描いた作品や

「洗礼者ヨハネの首を持つサロメ」を描いた作品など、中世以来多くの作例があるが、


「宿命の女」としてのサロメ像を確立することなり、世紀末象徴主義の芸術家たちに多大な影響を与えた。


 
「死都ブリュージュ」

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1894年2月にブリュッセルで開催された大規模な展覧会。

ベルギーの前衛画家グループ「二十人会(レ・ヴァン)」が再編成されて最初の展覧会であった。

 

そこで展示された作品はベルギーの画家のものだけではなく、

フランスから、ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ、ピサロ、ルノワール、ゴーギャン、シニャック、ルドン

オランダからトーロップが参加していた。

さらに、ウィリアム・モリスが装丁・挿画をつけた本、ビアズリーの挿絵によるワイルド「サロメ」、

ロートレック、シェレ等のポスター、マイヨールのタピスリー、ヴァロットンの木版画、

そのほか室内装飾や工芸品なども展示されていた。

それだけではなく、会場ではドビュッシーの弦楽四重奏曲ト短調が演奏されていた。

 

以上の展示内容からもわかるように、この展覧会は既成の権威や過去の形式にはとらわれない

文字通り「自由な」美の饗宴であった。


 

 

妖しい魅力の持ち主で、男をひきつけずにはおかないが、

いったんかかわってしまうと、必ず男が破滅に導かれていしまうような宿命にある女 を意味する。

 

世紀末象徴主義者たちの描く「宿命の女」のルーツとなったとされるのが

キーツの詩「つれなき美女」に登場する美女である。

このほかにも古代神話や中世伝説、聖書などに登場する多くの美女が「宿命の女」として描かれることとなった。

 

近年は「宿命の女」の解釈も、<悪女>としてのみの解釈ではなく。

ファム・ファタルは必ずしも邪悪ではない。時には芸術と美の追求と結びついた存在であり、芸術上、自由解放のシンボルである。

ピトック「デカダンの残像」

男のレトリック社会では<宿命の女>は、<堕落したミューズ>と解釈され、ミューズは男に霊感を与えるが、宿命の女は男を支配する。

サラディン「フェチシズムと宿命の女」

などのように多面的にとらえられるようになってきている。


 
象徴主義

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神秘主義

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ギリシア神話に登場する頭が人間で体がライオンの怪物。

旅人に謎をかけ、その謎が解けないものを食い殺していた。

オイディプスによって謎が解かれスフィンクスは崖より身を投げる。

 

スフィンクスも「宿命の女」の一つの姿として世紀末芸術では取り上げられた。

モロー「オイディプスとスフィンクス」(1864:メトロポリタン美術館)は神話の一場面を描いたものだが、

「スフィンクス」(1886:クレメンス・ゼルス美術館)では、多くの犠牲者の上に勝ち誇る“Famme Fatale”としてのスフィンクスが描かれている。

 

スフィンクスを描いた画家として重要な画家にフランツ・フォン・シュトゥックがいる。

「スフィンクスの口づけ」(1895:ブダペスト国立美術館)は、まさに「男を支配する女」としてのスフィンクスを描いた作品であり、

「スフィンクス」(1889:個人蔵)にいたっては、スフィンクスは人間の女として描かれている。


 
世紀末

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