七枚のヴェールの踊り
 
 
 

オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」において
「サロメの踊り」といえば「七枚のヴェールの踊り」ですが、
その踊りがどのような踊りであるのかは戯曲中には一切書かれていません。

市川雅「舞姫物語」によると
サロメの「七枚のヴェールの踊り」の源流は
古代バビロニアの女神イシュタルの「冥界下降」にあるとされています。
イシュタル女神は七つの門を通過するたびに身につけている衣類や装飾品を
門の番人によって取り去られ、最後には裸身となります。
冥界の王はイシュタルに生命の水をふりかけ脱いだものを次々と返して、
彼女を地上へ帰します。

この冥界下降の物語は死と再生を意味し、
冥界へ至ることによって死を体験し、
冥界から帰ることによって再生することを表しています。

イシュタルは愛と豊穣の女神であり、大地母神でもあります。
ギリシアのアフロディテはイシュタルの変化した姿とされています。
ただしメソポタミアからギリシアへ至る際
イシュタル=アフロディテ(ヴィーナス)は
地母神的要素を徐々に失っていき、美と愛の女神としてのみの神格となります。

そしてサロメはワイルドの戯曲にもあるように
「生娘」すなわち「生まぬ性」であり
豊穣からは程遠い存在であります。
サロメは七枚のヴェールを次々と脱ぎ捨てて踊りますが
脱いだヴェールをまた身につけていくことはありません。
イシュタルは一度「死」を体験し、再び「生」の世界へ戻っていきますが
サロメは「死」のまま「再生」することはありません。

男性原理が支配する世界では、
大地母神に代表される女性原理は忌むべきものでした。
胎内で命を育み、そして生み出す存在であった
大地母神イシュタルの貶められた姿が「宿命の女」サロメなのだと思います。