選ばれた乙女は 天の国の
金の手すりにもたれていました。
そのまなざしは たそがれの静かな水の
淵よりもなお深く
手には三つの百合の花
髪には七つの星をちりばめ。
 
たなびく裳裾に
花模様のぬいとりはなく、
ただ一輪の白い薔薇、聖母マリアの贈り物、
神のつとめにふさわしく身につけて、
肩にそって垂れる髪は
熟れた小麦の黄色でした。
 
乙女のまわりでは
ふたたび結ばれた恋人たちが
いまは永遠に呼びかわしていました。
互いの名を 法悦の新しい名を。
そして 神のみもとへ昇る魂が次々と
細い焔のようにそばをかすめました。
 
すると 乙女はさらに身を傾けました。
天の国の 囲いの外へ、
もたれている手すりが 胸のぬくもりで
あたたかくなってしまうほどに、
三つの百合が さしのべた腕にそって
眠ったように垂れてしまうほどに。
 
日はすでに沈み 鎌のような月が
まるで小さな羽毛に似て
はるかな虚空に浮かんでいました。そのとき
乙女は語り始めます 静かな空に
その声は さながら星が
口々に歌う声のようでした。
 
あのひとはまだ来てくださらないのかしら
きっとここへ来る筈なのに。
天国で私がこんなに祈ったのに。地上でも
主よ 主よ あのひとがあんなに祈ったのに。
二つの祈りの強さに間違いはない筈
心配はいらない筈。
 
あのひとの頭に光の輪がかかり
あのひとが白い衣をまとったら
私はあのひとの手をとって 二人して
光の泉へ行きましょう
川の流れにひたるように 泉にひたって
二人して神の御前で沐浴しましょう。
 
二人して休みましょう あの木蔭
あの生命ある神秘の樹の蔭。
その秘密の葉むらの中に ときおり
聖なる鳩の気配がして
翼の触れるたびに ひとつひとつの葉が
はっきりとその御名を口にする。
 
二人して尋ねましょう あの茂み
そこに聖母マリアがおわします。
仕えるはしためは五人 その名は
セシール、ブランシュリス、マドレーヌ、
マルグリットにローズリス。
 
あのひとはこわくなって黙っているかしら
そうしたら 私は頬を
あのひとの頬に寄せて 二人の愛を語りましょう
恥ずかしがらず 気おくれもせずに。
マリア様は 私の誇りをお認めになり
語るのを許してくれるでしょう。
 
お手ずから私たちの手をとって
主のもとへ導いてくださるでしょう
すべての魂がひざまずき 後光のついた
無数の頭が一斉にひれ伏す 主のもとへ。
天使たちが迎えに出て 歌うでしょう
琵琶や竪琴に合わせながら。
 
そうしたら 私は主キリストに
お願いをしましょう 私たち二人のために
ただ一つ かつて地上でそうしたように
愛のうちに生きていくことだけを。
かつてひとときそうだったように いまからは
私とあのひとと 永遠に一緒にいることだけを。
 
乙女は目をこらし 耳を澄まし
悲しさよりも優しさのあふれる声で
 
あのひとが来れば きっとそうなる
 
そう言って言葉を終えました。
わななく光が 乙女の方へと
天使が横ざまに強く飛ぶかとばかりに射しかかり
目に祈りを浮かべて 乙女はほほえみました。
でもたちまちに そのまなざしは
はるかな星々の間にかすんで行きました。
 
とみれば 乙女は
金の手すりに腕を投げかけ
両手の中に顔を埋めて
泣きました。
ロセッティ「祝福されし乙女」

 

ロセッティ 「天国の乙女」
1874 48.3×45.7cm
テイト・ギャラリー
「祝福されし乙女」(1850)は、ラファエル前派の機関誌「芽生え」に発表された詩です。
若くして昇天した乙女が、天国の宮殿の手すりから、地上に残した恋人を慕う内容となっています。
当時19歳のロセッティが表現した若々しい純粋な情熱を象徴する幻想は、ラファエル前派芸術のの霊感源の一つと考えられました。
 
後年ロセッティは「祝福されし乙女」の絵画化をすすめられ、数点の作品を描いています。
 
ドビュッシーはフランス語に翻訳された「祝福されし乙女」をもとに、カンタータ「選ばれし乙女」を作曲しています。

 
 
 
ロセッティ 祝福されし乙女
1875-78 136.84×96.52cm
フォッグ美術館
 
 
天国の宮殿の手すりから、地上を見下ろし恋人を思う乙女の姿が描かれています。
乙女が手に持つ百合と天国の宮殿を飾る薔薇はどちらも聖母マリアの象徴です。
彼女は恋人とともに聖母を訪ねることを夢見ています。
しかし、地上は遥か遠く恋人の姿を目にすることはできません。
彼女は祈りますが、地上の恋人にその願いは届かず、ふたりをつなぐ道は消えてしまいます。
 
地上にいる恋人の姿が描かれたプレデッラ(裾絵)は、注文主の要望により追加されました。
額装もロセッティ自身によるもので、詩から四つの節が選ばれ刻まれています。
 

 
 
 
ロセッティ 「祝福されし乙女」の「恋人たち」のためのスケッチ
1876 38.7×92.7cm
フォッグ美術館
 
 
上の作品の背景に描かれた「恋人たち」のためのスケッチです。
天国で結ばれた恋人たちの愛の成就が、情熱的な抱擁の姿で表現されています。
この恋人たちの姿はボッティチェリ「神秘の降誕」の前景に描かれた
3組の抱擁する天使と人間の姿の影響が指摘されています。